• 猿沢池
    うつすとも水は思はずうつるとも月は思はず猿沢の池          玄雄これは 柳生宗厳(号は石舟斎)が、子弟に遺した 秘剣の極意歌だそうです。見るということの、真相がここには表されているように思われますが、皆様はいかがでしょうか。...
  • 自由
    自由とは獨立獨行なり奉仕さるゝを願はざる處(ところ)に自由あり   森田形外  昭和二年七月自分の行動と、その結果の一切に、責任を負える。自分の行為の一切に、自分が責任を持つこと。そこに究極の自由はある。責任を逃れることに、費やされれる人生は、牢獄だ。「自立」は、痛みを伴うし、責任を伴う。その痛みを、責任を、自分以外の誰に取ってもらおうと願えるものか。そんなことは、神ですら、できない相談なのだ。自...
  • わたしには「これを説く」ということがない
    マーガンディヤ「あなたは、多くの王様や偉い人が求めた女や宝物さえも欲しいとは思わないのですか。それでは、あなたはどのような考えを、どのような戒め・道徳・生き方を、またどのような状態に生まれ変わることを説くのですか?」釈迦「マーガンディヤさん。『わたしはこのことを説く』ということが、わたしにはないのです。あらゆる事物に対する執著を、執著であると確かに知って、あらゆる考え方が考え方に過ぎず事実から遊離...
  • 臨済のあるがまま
    師(臨済)は上堂して言った、「この肉体上に一無位の真人あって、常にお前たちの面門より出入している。 未だこれを見届けておらぬ者は、さあ見よ!見よ!」。その時、一人の僧が進み出て問うた、「その無位の真人とは、いったい何者ですか?」。師は席を下りて、僧の胸倉をつかまえて言った、「さあ言え!言え!」。その僧はもたついた。師は僧を突き放して、「無位の真人がなんとまあ、カッチカチの糞の棒だな!」と言うと、さ...
  • 禅の真意
    不立文字教外別伝直指人心見性成仏...