• 「地獄は一定すみかぞかし」 ─ 親鸞上人の信心
    (念仏への信仰が揺らぎ、ひょっとしたら極楽往生の道が他にあるのではないか、と訪ねて来た人々に問われて)【前略】親鸞においては、「ただ念仏して、弥陀にお助けいただくべし」と、よき人(法然上人)の仰せをそのままに、信ずるほかに、何にもないのだ。念仏は、本当に浄土に生まれるたねなのだろうか?、あるいは地獄に堕ちる業なのであろうか?…そんなことはまったくもってわしの知るところではない。この親鸞、たとえ法然...
  • 飛べない鳥
    悟りを求めるのは、飛んでいる鳥が飛び方を教わりに来るようなものである。宗教で「あなたはすでに仏である」とか「すでに救われている」とか言うのは、飛んでる鳥に「あなたは飛んでいる」と言っているのだ。 飛んでいる鳥に「あなたは飛んでいる」と言っても、「いいや、私は飛んでいない」と言うのが人間だ。飛んでいる鳥は確かに、自分が飛んでいるということを知らない(規定しない)。 しかし、知らないがゆえに、問題が起こ...
  • 休歇なる悟迹を長長出ならしむ
    仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および佗己(他己)の身心をして脱落せしむるなり。悟迹(悟跡)の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。道元 『正法眼蔵』 現成公案の巻 <参考:URL>「仏道をならふといふは、自己をならふなり」 「仏道をならう」といって、何か自分のほかに...
  • 神は愛である 神はすべてである
    愛はすべてである すべては愛である。愛がすべてであるとき、愛は消える。愛と同時に、憎しみが消える。そうして初めて、本当の意味ですべてが愛であったと気づくだろう。愛と憎しみを、一度に解決するものが、大いなる愛である。そこに人間の観念で作られたような愛は存在しない。そういう意味では、すべてが愛である、とは、愛はない、というふうにも言える。ブッダは、すべては苦である、と言ったが、指し示す先は、実は同じだ...
  • 心理学とは?
    江戸川乱歩は、明智小五郎をして、かく語らしめたそうだ。心理学なんてのは、高度な洞察力である直観に恵まれない凡人にも人間というものが分かるように作られたもので、優れた知恵のあるものには全く必要がないのだ、と。まったくその通りだと思う。森田正馬に対する森田理論しかり、ミルトン・エリクソンに対するNLP(神経言語プログラミング)しかり、釈迦に対する清浄道論しかり。古来教えとは、月をさす指だが、よくグチャ...
  • ♪ ありの~ままの~
    「ありのまま」の始末に終えなさよ。こいつは、甘い言葉で人を迷わせるが、どうだろう。実のところ、煮ても焼いても食えない。煮たり焼いたり、どころか、ちょっとでも手を出したら「ありのまま」でなくなってしまうのだから。しかし、全く手出し無用のダルマでいればいいかというと、それもちがう。混沌の話を思い出す。混沌にまみえた智者は言った。「混沌さん、あなたは素晴らしい」「しかし、あなたに顔がないというのは、いか...