• 非・指示的な慈悲の瞑想
    「私が幸せでありますように」と素直に念じられない人のための、慈悲の瞑想 私は、幸せでありたいでしょうか、不幸でありたいでしょうか。 私は、慈しみでありたいでしょうか、憎しみでありたいでしょうか。 私は、穏やかでありたいでしょうか、怒りでありたいでしょうか。 私は、つつましくありたいでしょうか、欲深くありたいでしょうか。 私は、満たされた気持ちでいたいでしょうか、満たされない気持ちでいたいでしょうか。 私...
  • 心について
    物事は心が先行し、心が主であり、心より成るもし人が汚れた心で話し、行えば、苦しみが彼に従う、牛の足に車輪が続くように物事は心が先行し、心が主であり、心より成るもし人が清らかな心で話し、行えば、幸せが彼に従う、影が離れないように(ダンマパダ 第1章; 1,2)仏陀は「物事は心が先行し、心が主であり、心より成る」という。「もし人が清らかな心で話し、行えば、幸せが彼に従う」という。聞いた人は、幸せになるために...
  • 内と外
    「自殺したい」人には、自分の命なら自分の好きなようにできるという傲慢さが隠れている。自分を卑下することと、傲慢さは、同じコインの表裏にある。釈尊は言う。『等しい』とか『すぐれている』とか、あるいは『劣っている』とか考える人、──かれらはその思いによって論争するであろう。しかしそれらの三種に関して動揺しない人、──かれには『等しい』とか、『すぐれている』とか、(あるいは『劣っている』とか)いう思いは存在...
  • ブログ再開宣言
    7年半ぶりの更新です。この期間に、私自身の臨床観は随分変化しました。まず、“普通の”認知行動療法でどうにもならないパーソナリティ障害の人たちの治療への関心から、弁証法的行動療法(DBT)、マインドフルネスを勉強するようになりました。次に、マインドフルネスを理解するために手っ取り早いのは、その源流たるヴィパッサナー瞑想への理解であると考え、テーラワーダ仏教・原始仏教へと関心が進みました。その後、ヴィパ...