• 煩悩が存在するがゆえに、この世界は存在する
    煩悩や苦悩が存在するがゆえに、この世界は存在する。煩悩が消えたとき、苦しみも憂いも、そして喜びも美しさも、ともに消える。そのような時節を、どのように覚知するのか。それはどのような説明も超えている。口のきけない者が、夢を見たかのごとく、ただおのずから知るのみである。しかしそれを覚知した者として、生じた私には、人間の愚かしさが、無明が、煩悩が、この美醜・聖俗・愛憎を内包した世界の存在を生じせしめている...
  • 神は愛である 神はすべてである
    愛はすべてである すべては愛である。愛がすべてであるとき、愛は消える。愛と同時に、憎しみが消える。そうして初めて、本当の意味ですべてが愛であったと気づくだろう。愛と憎しみを、一度に解決するものが、大いなる愛である。そこに人間の観念で作られたような愛は存在しない。そういう意味では、すべてが愛である、とは、愛はない、というふうにも言える。ブッダは、すべては苦である、と言ったが、指し示す先は、実は同じだ...
  • 非・指示的な慈悲の瞑想
    「私が幸せでありますように」と素直に念じられない人のための、慈悲の瞑想 私は、幸せでありたいでしょうか、不幸でありたいでしょうか。 私は、慈しみでありたいでしょうか、憎しみでありたいでしょうか。 私は、穏やかでありたいでしょうか、怒りでありたいでしょうか。 私は、つつましくありたいでしょうか、欲深くありたいでしょうか。 私は、満たされた気持ちでいたいでしょうか、満たされない気持ちでいたいでしょうか。 私...