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絶望を表明されたとき

果たして、人生への絶望を表明されたときに、こう考えられるか。
絶望を表明してくれる限りにおいて、まだ絶望しきってはいないということ。
その人は、希望を持つことに臆病になっている、或いは、それだけ慎重なのであると。

その慎重さを尊重しなければ、「希望なんてない」 vs 「希望はありますよ」の平行線の議論に、お互い疲れ果てるだけだ。
まずは関心を示すことから始めよう。忍耐強く希望の芽が表明されることを促し、その芽を見逃さないようにすることだ。

(注:パーソナリティ障害圏の人を念頭に置いた話です)


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Author:kugla
マインドフルネス、森田療法、仏教、禅と精神医学

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